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「GIF」は世界をつなげる、ビジュアル言語。「GIFMAGAZINE」創業者に問う、GIFビジネスの可能性
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数年前、スリランカを訪れた時に友人ができた。すぐにFacebookで友達になり、今も時々、Facebook Messengerで会話をしている。

最初の頃は、英語が得意でない私は辞書を引きながらなんとか英文を作り、コミュニケーションを図っていた。しかし、2人の会話が盛り上がったのは、ディズニー映画のGIFアニメーションを送った時だ。型通りの挨拶文では伝えきれない感情を伝えることができたのだ。さらに、世界中で愛されているキャラクターを共有したことで、2人の感情的な距離が縮まったのだ。

「GIFは世界共通のビジュアル言語です」

そう語るのは、国内最大級のGIFプラットフォーム「GIFMAGAZINE」を立ち上げた大野謙介氏。同サイトでは、人気キャラクターや動物、芸能人などの公式GIFの画像検索を行うことができ、ユーザーは自分好みのGIFと出会うことができる。

実は近年、GIFMAGAZINEのようにGIFビジネスを主軸としたスタートアップが、世界各国で誕生している。なぜ今、GIFに注目が集まっているのか。その理由を紐解くため、大野氏に取材を敢行した。話を伺う中で見えてきたのは、GIFビジネスがもつ可能性だった。

GIFは世界共通言語。世界各国で、GIFを使ったコミュニケーションが活性化

Twitter、Facebook Messenger、Instagram Storiesなど、さまざまなSNS上でコミュニケーションツールとして使われているGIFアニメーション(以下、GIF)。「GIFが大好きで、GIFの会社を立ち上げた」という大野氏は、GIFの魅力を次のように説く。

大野氏(以下、大野):GIFの魅力は「言語化できない感情」を表現できることです。GIFを使えば、フランクな「おはよー」と丁寧な「おはようございます」の間の、微妙な距離感を保った感覚が表現できる。言語だけでは表現しきれない感情も、GIFを使えば、誤解なく伝えられるようになるんです。

もうひとつの魅力は、言葉が通じない人とでも楽しめるコンテンツであること。GIFは一種のビジュアル言語。そう考えると世界中のGIF作家は、「世界共通言語」を発明しているといえます。

ここ数年で人気を集めているGIFだが、その誕生は、1989年に遡る。当時のGIFは、WEBサイト内の情報を要約したインフォグラフィックのように使われていた。

その後、一度は下火になったGIFだが、スマホが普及し始めた2011年頃以降、再び注目を集めている。大野氏によれば「スマホとSNSの普及が、GIFの需要を再燃させた」のだという。

大野:スマホ上で好まれるコンテンツは、「手軽でわかりやすい」ものです。スマホを触るのは、基本的に移動中やスキマ時間。限られた時間の中で、他者と効率的にコミュニケーションを行う用途に、短尺でわかりやすいGIFは最適だったんです。

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大野 謙介氏

最初にGIFが使われるようになったのは、英語圏の国々だ。2012年、アメリカ版の流行語大賞「Word of the Year」の大賞に「GIF」が選ばれた。翌年には、”GIFアニメのGoogle”と呼ばれる「GIPHY」が誕生。”世界中のGIFを探せるプラットフォーム”である同サービスは、今年1月にInstagramと提携し、Instagram StoriesではGIPHYが提供するGIFスタンプが使えるようになっている。

世界各国でGIFのプラットフォームが誕生したことで、人びとは気軽に自分好みのGIFと出会えるようになり、現在は多くの人がコミュニケーションツールとしてGIFを使用している。

世界各国で誕生したGIFプラットフォーム。多様化が期待される、ビジネスモデル

アメリカにはGIPHY以外にも今年初めにGoogleに買収された「Tenor」があり、中国には「Weshine(闪萌)」は、インドには「Gifski」、そして日本には大野氏が手がける「GIFMAGAZINE」が、国内最大級のGIFプラットフォームとして君臨している。

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GIFMAGAZINE

これらのサービスは、すべてプラットフォームビジネスだ。各サービスにはGIFデータが集約され、ユーザーは好みのGIFと出会うことができる。大野氏は、将来的に各国のプラットフォームが一元化されることを夢見ている。

大野:現在は国ごとにGIFプラットフォームが存在していますが、将来的にはそれらがすべて集結した、巨大なプラットフォームができたら面白いと思います。世界共通のビジュアル言語であるGIFが集約されたプラットフォームがあれば、世界中で新しいコミュニケーションが生まれるでしょう。多くの人が国境を超えて、繋がることができるのではないかと考えています。

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GIFプラットフォームのビジネスモデルは、サービスごとに少しずつ異なる。GIFMAGAZINEの収益源はコンテンツの受託制作だが、GIFプラットフォームのビジネスモデルが確立されているわけではないのだ。”元祖GIFプラットフォーム”であるGIPHYに関していえば、設立4年後までマネタイズすらしていなかったと報じられている。

大野:基本的にどのサービスも、現地のクリエイターと共にその国で好まれるGIFを制作していますが、ビジネスモデルはこれから作っていく段階です。GIFはコミュニケーションツールにもコンテンツにもなります。それぞれに価値があるものなので、僕たちのように受託制作をすることもひとつの手ですし、販売を行うこともできると思いますね。

GIFMAGAZINEが持っている強みは、提供しているコンテンツのクオリティの高さ。海外のGIFサービスのクオリティとは比較にならないと、大野氏は言う。

大野:僕たちは2013年にサービスを立ち上げた時から、GIF作家さんと版元、双方と一緒に公式コンテンツを制作してきました。

僕をはじめ、弊社には”GIF好き”が集まっていることも特徴です。これまでにGIFの作り方を学べるワークショップなども定期的に開催し、作家さんとのネットワークも構築してきました。

クライアント企業には「GIFMAGAZINEであれば、クオリティの高いものを制作してくれる」と信頼いただけています。彼らからの依頼でスタンプや広告コンテンツを制作することが、僕たちのマネタイズポイントにもなっているんです。

究極のコミュニケーション術は、テレパシー。GIFプラットフォームは感情のデータバンクになる。

大野氏によれば、GIFプラットフォームの本質は「人の感情に関するデータを持っていること」だという。今後、人間同士のコミュニケーションのあり方に変化が起きた時、GIFは非常に価値あるものになると、その未来を見据える。

大野:私たち人間は、コミュニケーションの8割を視覚と聴覚を使って行なっています。しかしいずれ、それらを使わなくてもコミュニケーションができる時代がやってくるかもしれません。視覚も聴覚も、電気信号として脳に送られるもの。スマホの中の画像や動画を、わざわざ光や音に一度変換して、電気信号にもう一度変換しています。

機械と脳を直接つなぐことを「BMI(ブレイン・マシーン・インターフェース)」と呼び、Facebookやイーロン・マスクなどが研究をしています。技術が進歩して、脳で直接文字をタイピングしたり、伝えたいGIF動画をイメージするだけで、コミュニケーションが取れる時代がやってくる。

そうなった時に、GIFデータが、絵文字やスタンプを超えて、世界各国で自分の思ったことをイメージで伝えられる、新たなビジュアル共通言語になると考えています。”感情を動かす”GIFデータを、テレパシーのように他者とコミュニケーションができるようになるかもしれません。

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人間のコミュニケーションツールは、いずれテレパシーになるーー。非現実的にも思えるが、これまでのコミュニケーションの歴史を振り返れば、考えられない話でもない。狼煙や太鼓などの原始的なコミュニケーションは、パピルスの誕生により”記録に残る”ものに進化し、さらに電話やインターネットの発明によって遠く離れた場所とのコミュニケーションも可能になった。革新的な技術の登場により、コミュニケーションは進化してきた。

大野氏の言うように、もしも体内に視覚や聴覚の代わりとなる装置を埋め込めるようになれば、身体を動かさずともコミュニケーションができる世界がやってくるかもしれない。

取材の最後に大野氏は「”テレパシー時代”に向かうための準備は、世界中のGIFプラットフォーマーが行わなくてはいけない」と語った。

大野:コミュニケーションをテレパシー化するために、感情を読み取って出力する装置はもちろんのこと、複雑な感情を表現するビジュアル言語の開発も進めなくてはいけません。その準備は、「世界共通言語」を提供している我々GIFプラットフォーマーが率先して行うべきだと思います。

「世界中の人と話してみたい」という願いを叶えるためには、数多くの言語を学ばなくてはならない。しかし、今後GIFがさらに普及していけば、私たちはもっと世界と繋がることができるだろう。

もしも大野氏が言うようにテレパシーで意思疎通を行う時代が訪れるならーーGIFは人びとの情報伝達手段となり、感情を可視化したマーケティングデータも生み出すだろう。GIFビジネスは、巨大なコミュニケーション産業として成長していく可能性を秘めている。

取材・執筆・撮影:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。

Twitter:@azuuuta0630

編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。

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(2018-12-6 18:00:00)

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映画に没入感はいらない。女子大生映画監督 松本花奈が、"ちょうどいい客観性"にこだわる理由
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「これを新たなるパラダイムとして若い君たちが映画を作り始めたら確実に将来の映画界は変わる。という意味でこの作品は既に事件だ」

2016年、映画界の巨匠・岩井俊二は、1人の”女子高生”映画監督に称賛の声を送った。それから2年。20歳になった彼女は、大学に通いながら映画やドラマ、ミュージックビデオなどの監督を務め、多忙な日々を過ごしている。

彼女の名前は、松本花奈。1998年生まれのジェネレーションZである彼女は、物心ついた頃から、インターネットやデジタルデバイスを使いこなしてきた。VRやAR、4Dなどの新しい表現が日々誕生する今の時代、彼女はなぜ、アナログ表現ともいえる映画を撮り続けているのだろうか。「映画の良さは、客観性があること」だと話す女子大生映画監督・松本氏に、今の時代に映画をつくり続ける理由を聞いた。

明日には消えてしまう”今の気持ち”を、映画の中に閉じ込めたい

「いま心にあることも、明日になると忘れているかもしれない。それがすごく怖いんです。だから、ちゃんと形にして残しておきたいと思って」

日々生まれては消えていく刹那的な感情を”形あるもの”として残すため—それが、松本氏が映画を撮る理由だという。

松本花奈氏(以下、松本):昔、誰かにもらったプレゼントを見ると、当時の記憶が蘇ることがありますよね。形あるものには、記憶が閉じ込められる。後日見返したときに、過去の自分が考えていたことが思い出せるような作品がつくりたいんです。

そんな想いを胸に映画を撮り続ける松本氏は、なぜ映画監督を志したのだろうか。今でこそカメラの”後ろ側”で撮影現場の指揮を行う彼女だが、かつてはカメラの前に立っていたという。幼少の頃は劇団に所属して、子役として映画やドラマに出演していた。

松本:元々文化祭など、皆で一つのものを創造する作業が好きだったんです。監督という仕事は物語を生み出すところから、現場が終わった後の仕上げ、そしてそれを届けるところまで他者と関わりながら綿密に創り出すことが出来る。そこに魅力を感じました。

そんな想いを抱いていた中学生のとき、撮影の休憩時間に共演者の子達と”お遊び”で映像を撮ってみたら、それがすごく楽しくて。その時に「映画監督になりたい」という気持ちが芽生えたんです。「自分の作品」を残すために、監督になりたいと思ったんですよね。

映画は誰でも制作できる。でも、観客がいなければ意味がない

14歳から独学で映像制作をはじめた松本氏は、自主製作映画の登竜門とも言われる映画祭「ぴあフィルムフェスティバル」に短編の映像作品を出品した。しかし、結果は落選。そのときに感じた悔しさが、「プロの映画監督になりたい」という気持ちにつながった。

松本:「せっかく映画をつくっても、誰にも観てもらえなければ意味がない」と痛感しました。まずは見てもらうためにはどうしたら良いか、ということを考え始めたんです。

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松本花奈氏

高校に進学した松本氏は、高校生のための映画祭「NPO法人映画甲子園」の過去受賞作品を見漁った。そのなかで知ったのが、10代の映画制作チーム「KIKIFILM」だ。彼らの作品を観て「一緒に映画をつくりたい」と思った松本氏は、SNSを通じて連絡をとった。そして2014年、彼らと共に制作し、松本氏が監督・脚本・編集を手がけた『真夏の夢』は、NPO法人映画甲子園主催「eiga worldcup」の最優秀作品賞を受賞した。

松本:KIKIFILMのメンバーに映像の専門学校に通っている人がいたので、その人に編集技術を教えてもらいました。最初は編集ソフトの使い方が難しくて苦戦しましたが、撮影した映像の色味を変えるだけで、作品の印象がガラリと変わることが面白くて、編集の楽しさに目覚めたんです。

さらに翌年、17歳になった松本氏がメガホンをとった『脱脱脱脱17』は「ゆうばり国際ファンタスティック映画祭2016」で審査員特別賞、観客賞を受賞。このときに、岩井俊二氏から寄せられたのが、冒頭のコメントだ。松本氏はこの受賞を機に、”新進気鋭の若手映画監督”として、一躍注目を浴びることになる。本作がヒットした背景には、松本氏の貪欲な姿勢があった。

松本:『脱脱脱脱17』は、”17歳の女子高生と34歳のおじさん”が織りなす青春ロードムービーです。「17歳の女子高生と34歳のおじさん」というフレーズだけで、人びとの興味を惹きますよね。

デジタルツールやカメラ機材が気軽に手に入る今の時代、少しの知識とやる気さえあれば誰でも映画を制作できます。世の中にはあらゆるコンテンツが氾濫しているんですよね。だからこそ、まずは「観たい」と思ってもらわなくては意味がない。以前、コピーライターの方が「1秒間で人を惹きつけるコピーを考えている」という話を聞いて、すごく面白いと思ったんです。それ以来、私も「いかにして人の興味を引くか」を重視するようになりました。

未経験ながら14歳で映像制作を始め、高校3年間で2本の映画を制作し、実力が認められた松本氏。精力的にチャレンジを続けた背景には、当時彼女が周囲に対して感じていた、ある想いがあった。

松本:周りに、批評ばかりして行動に起こさない人がたくさんいたんです。「あれは良くない。これは良い」と言うわりに、何もしていない。そうはなりたくないと思い、「とりあえずやってみる」姿勢を心がけていました。映画づくりは未経験でしたが、実践してみないとできるかどうかはわかりません。「失敗しても、次に活かせばいい」と思っていました。

キャストが転んでも、カメラは止めない

漁村に住む男子高校生三人組と、東京から来た美少女の”一夏の思い出”を描いた『真夏の夢』や『脱脱脱脱17』など、松本氏が手がけた作品の中には「日常」と「非日常」が入り乱れている。登場人物はどこまでも生々しく、人間らしく描かれているが、繰り広げられるストーリーは、どこか夢の中の出来事のようなのだ。そうした作風の裏には、松本氏のこだわりがある。

松本:撮影は、台本通りに進めないようにしています。アドリブもとり入れるし、キャストの方が転んでも、そのまま演技を続けてもらう。できるだけ”人間らしさ”を出して、日常性を高めたいんです。

その上で、美術や衣装で”非日常”を盛り込むようにしています。たとえば、生活感溢れる部屋の中に綺麗なドレスを着た女の子が現れたり…。そうやって「日常の中で起きる夢のような出来事」を描くことで、その映像を見てくれた人の日常の風景が、少しワクワクするものに見えるようになると良いなと思います。

さらに松本氏は「普遍的な表現に挑戦したい」と続ける。

松本:時代性に左右されない作品が撮りたいんです。だから私のこれまでの作品では時代を特定できるようなものを極力映さないようにしています。『脱脱脱脱17』は高校生が主役の話ですが、敢えてスマホを登場させていません。

松本氏の活動は、映画制作だけにとどまらない。近年は、アイドルグループの「HKT48」やロックバンド「おとぎ話」などのミュージックビデオ(以下、MV)の監督も務めているのだ。そんな松本氏は、「MVと映画はまったく違う」という。あくまでも音楽が主役であるMVの制作は、映画制作とは異なる緊張感がある。

松本:MVの魅力は、まず絶対的な主役に楽曲があること。音楽は、非常に余白が多い芸術だと思っているので、そこに映像をのせるというのは良くも悪くもリスクのあることだと考えます。だからこそ面白いんでしょうけどね。

14歳から映画づくりと向き合ってきた松本氏は、今年1月に20歳になったばかり。20歳の節目を迎えたとき、大きな心境の変化があった。

松本:20歳になった瞬間「青春の終わり」を感じたんです。10代の頃は毎日を必死に生きていましたが、20代になって”なんとかする”術が身につきました。極端な話ですが、10代は「終電逃したら死ぬ」と焦っていたけど今は「タクシーで帰れるから大丈夫」と思ってしまう。そんな余裕が生まれたことは、少し切ない気もしますね。これからはもう少し広い視野で作品づくりをしていきたいです。

没入感は必要ない。映画に取り入れたいのは、”ちょうどいい客観性”

テクノロジーが加速度的に進化するなかで、映画と人の関係は徐々に変わりつつある。3Dや4Dシアターも登場し、今後はVRヘッドセットで映画鑑賞をする人も増えていくだろう。松本氏は、「そんな時代だからこそ、映画ならではの表現を追求したい」のだと話す。

松本:3Dや4D、VRで映画を観れば、没入感は高まります。まるで自分が実際に映画の中にいるような感覚で、主観的に映画を鑑賞することができる。しかし映画の良さは「客観性」を持っていることだと思っています。映画を通して、過去に起きたことや遠く離れた国の日常を知ることができる。客観的に観ることで、思考を巡らせることができますから。だから作品の中に「客観的な視点」を取り入れるように努めています。

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時代と共に、映画鑑賞の場所も変化した。NetflixやAmazonプライムなどのVODサービスが普及したことで、自宅で名作を鑑賞することもできる。自身もNetflixを利用しているという松本氏は、自宅で映画を観るメリットをあげながらも、「自分の作品は、映画館で観てもらいたい」と話す。

松本:自宅と映画館の大きな違いは、音です。テレビやパソコンなど、自宅にあるデバイスで体感できる音に限界がある。だからこそ、作品に対しての客観性がより高まるんですよね。なので、ライトな気持ちで映画が観たい時は、自宅で観るのもいいと思います。

しかし私の作品は、できれば映画館で観てほしい。臨場感あるサウンドで作品の世界に浸ってほしいんです。さらに映画館に行くまでの道のり、一緒に観た人との会話など、付随する体験含めて、作品と共に記憶に残してほしいと思っています。

VRやARなどの最新テクノロジーによって、没入感の高いエンターテイメント体験が可能になった。立体的なサウンドと高い解像度の映像によって、擬似的に現実と空想の境目が融解されるのだ。そうした体験は刺激的な体験として、記憶に残る。

一方で、テーマや演出によって作品の世界観に引き込まれながらも、客観的な視点で楽しむことができる映画は、私たちに”考える”余裕を与えてくれる。映画鑑賞という体験は、一過性のものとして消化されず、じんわりと体内に焼き付けられるものなのだ。

そんな映画の魅力を伝えるために、日々”人を惹きつける表現”を模索する松本氏は、取材の最後、「これからも絶対に映画を撮り続けたい」と熱く語る。VODサービスの普及で、映画業界は衰退が危ぶまれている。だからこそ、映画の可能性を信じ、ひたむきな情熱を捧げる彼女のような監督が、業界の未来を切り拓いていくのではないだろうか。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。

Twitter:@azuuuta0630

編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。

Twitter:@masakik512

撮影:萩野格

広告プランナー/フォトグラファー。

instagram:@itaru_ha_2

(2018-11-8 18:00:00)

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世の中に"普通"は存在しない。"一人ひとりが違う"ことを発信する小さな映画館ーーアップリンク 浅井隆
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「本来、人の好奇心はあらゆる方面に向いているべきなのに、インターネットの普及によって、視野が狭くなっている。音楽、ファッション、食などさまざまなカルチャーに触れることで、世界は広がると思うんだよね」

渋谷宇田川町に佇む、100席以下の小さな映画館アップリンク渋谷は、好奇心を誘発する場所だ。

この記事の筆者である私も、アップリンクで何度も好奇心をくすぐられてきた。『ワイルドスタイル』でヒップホップ誕生の背景を知り、『エンドレス・ポエトリー』で自分らしく生きることの大切さを学び、『ラッカは静かに虐殺されている』ではニュースで報道されない紛争の裏側をみた。日常生活では知り得ないさまざまな事象に、この場所で触れてきた。

そんなアップリンクは、この冬、吉祥寺に新たな映画館をオープンする。HuluやNetflixなどのストリーミングサービスが普及し、自宅で手軽に映像作品が楽しめる今の時代に、なぜあえて映画館を作るのか。アップリンク設立の背景、エンタメコンテンツがデータ化した時代における映画館の価値、そして「アップリンク吉祥寺」の構想について、浅井氏に話を伺った。

人の好奇心は、あらゆる方面に向いているべき。偶然の出会いの連続で、世界は広がっていく

「街みたいだと思ったんだよね。サーカス、クラブ、劇場、レストラン、ギャラリー、ライブハウス、映画館…。それらがひとつの場所に凝縮されていて、あらゆるイベントが同時多発的に開催されていたんだよ」

アップリンク設立の背景には、代表・浅井氏が青年期に訪れたオランダ・アムステルダムにあるマルチ・カルチャースペース「ミルキーウェイ」での体験がある。

寺山修司氏主宰の演劇実験室「天井桟敷」で舞台監督を務めていた浅井氏は1975年、同劇団の遠征公演のため、アムステルダムを訪れた。数週間の滞在中、公演終了後には夜な夜な運河に浮かぶ「ミルキーウェイ」に繰り出し、朝まで遊んでいたという。ヒッピームーブメントの全盛期にあった当時、ミルキーウェイは「世界で一番ヒップな場所」だったのだ。

浅井隆氏(以下、浅井):あらゆるエンターテインメントが同時に開催されている”祝祭的な空間”だった。右を向けばレゲエが流れていて、左を向けば映画が上映されている。泊まる場所はないけど、クッションが置いてある部屋でお酒を飲みながら喋っていたり…。アムステルダムはドラッグにもオープンだからハシシ入りのクッキーがあったりと、もうなんでもありな場所で、非日常の極みだった。ミルキーウェイで体感した「ごちゃまぜカルチャー」が、アップリンクでの活動の軸になっているんだよね。

浅井氏が青春時代を過ごした80年代は、世の中が”ジャンル分け”されていなかった。特に雑誌のあり方が、現代とは違ったと浅井氏は当時を振り返る。

浅井:当時は、カルチャー全般を扱う雑誌が多かった。代表的なのが『STUDIO VOICE』と『シティロード』。音楽、演劇、ダンス、ファッションとあらゆるカルチャーを紹介する雑誌が毎月発売されていたんだよね。だから若者は、カルチャー全般に興味があった。STUDIO VOICEは今もあるけど、年2回刊行になってしまったからね。

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浅井隆氏

90年代に突入してから、ジャンル分けの波が訪れた。特に音楽に関してはそうした動きが顕著で、J-POPを中心に扱った『WHAT’s IN?』や邦楽ロック・ポップスを扱う『ROCKIN’ON JAPAN』など、専門誌が続々と登場した。人びとの興味関心がジャンルごとに分かれていった背景には、インターネットの普及がある。

浅井:80年代はインターネットが普及していなかったから、情報は街でしか知ることができなかったんだ。ロック喫茶やジャズ喫茶、新宿のゴールデン街には色々なイベントのチラシが置いてあって、みんなそこから情報を得ていた。だから新しいことを偶然知ることが多かったんだよね。

インターネットが普及して、情報のタコツボ化が起こったんだよね。ひとつのことを深掘りしやすくなったけど、自分の興味外にあることを知りにくくなった。でも、本来人の好奇心は、多方面に向いているべきなんだよ。音楽やファッション、食などさまざまなものを横断的に知ることで、世界は広がるからね。世間では「ヒッピー」とか「カウンターカルチャー」などと呼ばれているけれど、80年代はそういう人が多かった。

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アップリンク渋谷2階のUPLINK MARKET。上映作品に関連するDVDや書籍などが販売されている。

アップリンクが設立されたのは、そんなジャンルレスな時代が終わりかけていた1987年。映画配給会社としてスタートした同社は、1995年に渋谷・神南で、「アップリンクファクトリー」をオープンした。イベントスペース、バーカウンターを備えたカフェ・シアターであるこの場所は、まさに様々なサブカルチャーと偶発的に出会うことができる”カルチャーの交差点”となった。

その後アップリンクファクトリーは、スクリーンを3つに増やし、2006年4月に宇田川町に移転。以降、カフェレストラン「Tabela」やギャラリー、DVDや書籍などを販売するマーケットも併設する「小さなカルチャーセンター」として長年愛されている。

海外映画を100回観るより、海外旅行を1回した方がいい。映画は”架空の旅”に過ぎない

90年代以降にインターネットが普及すると、「人とカルチャー」の出会い方は大きく変化した。加速度的にテクノロジーが進化している今の時代を、浅井氏はどのように捉えているのだろうか。

インターネットによる”情報のタコツボ化”に加え、近年は増え続けるビックデータを活用し、レコメンドエンジンが進化している。NetflixやSpotifyのホーム画面には、アルゴリズムによってユーザーにパーソナライズされた、”おすすめコンテンツ”が表示される。浅井氏は、今後ポストアルゴリズムの時代”が訪れると予測する。

浅井:ビックデータは、過去の行動から生まれるもの。でも、アルゴリズムからクリエイティブな思考は絶対生まれてこないんだよね。新しい閃きは、能動的な体験からしか出てこない。Spotifyでおすすめされた曲よりも、自分の足で行ったフェスで耳にした曲の方が記憶に残ると思うんだよね。

数ある作品から興味が湧いたものを選び、映画館に足を運んで映画を観ることも「能動的な体験」だと言えるが、浅井氏は「映画鑑賞は、リアルな体験の代替物にすぎない」と話す。

浅井:映画は登場人物の表情が見えるから、本や音楽よりも、感情がダイレクトに揺さぶられる。海外作品を観て異国のマナーや文化を知ることで、映画で”架空の旅”をすることもできるだろうね。でもやっぱり、海外の映画を100本観るよりも、海外旅行に1回出かけたほうが得られるものは大きいと思う。大きい音を出したら驚く、悲しいメロディーを流せば泣く、明るい色を出せばハッピーになる、暗くなれば内省的になるーー映画には、ある程度定型化した演出が存在している。でも旅に出れば、それまでに味わったことのないような体験ができるんだよね。

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アップリンク渋谷1階のUPLINK FACTORY。通常、夕方までは映画館として運営。それ以降、トークショー、ライブ、ダンス、パフォーマンス、試写会などを行う多目的スペース。

NetflixやHuluなどのストリーミング配信サービスが普及して、映画は自宅や移動中の車内でも、楽しめるものになった。アップリンクも2016年からオンライン映画配信サービス「UPLINK Cloud」を開始している。映画館に足を運ぶ人もオンラインで映画を観る人も、同じく「映画を観る人」である。しかし浅井氏は「映画館に勝るテクノロジーは、まだ登場していない」と話す。

浅井:自宅のテレビやiPhoneで映画を観ても、感性が刺激されないんだよね。広い空間で、暗闇の中、臨場感あるサウンドで映画を楽しめる映画館とは全然違う。最近は、VRのヘッドセットで映画鑑賞している人もいるみたいだけど、VRでは”エモく”なれないと思う。まずヘッドセットをつけること自体、身体的なストレスになってしまうし、映画に集中できないから。最新テクノロジーよりも、2Dの映画館の方がまだまだ進んでいる。映画館ほど感情が揺さぶられる場所は、まだないんじゃないかな。

「普通=ダサい」は間違い。「一人ひとりの違いを認めること」が多様性

浅井氏がミルキーウェイで体験し、アップリンクで発信している「ごちゃまぜカルチャー」とはつまり、多様性の極みである。

ここ数年で、いたるところで「多様性」が謳われるようになった。ライフスタイルから恋愛に至るまであらゆる多様性が叫ばれるなか、「多様性=マイノリティ、マイノリティであることがかっこよくて、普通はダサい」といった風潮が漂っているようにも感じる。そうした思想は結局、社会の分断を生んでいるのではないだろうか。本当の多様性とはいったいなにかーー。浅井氏に疑問をぶつけてみた。

浅井:「多様性がかっこいい」という考え方はまったく理解できないけど、たしかにひとつのキャッチコピーになっているよね。政界からファッション業界まで、あらゆる場所で多様性が叫ばれている。でも「多様性とはなにか」と突き詰めると、最終的に「個人」になるんだよ。一人ひとりが違う考え方、センスを持っていて、生きてきた時間、経験してきたことも違う。だから誰しもが美しいし、力があるし、生きていく価値がある。当たり前なことだけど、それが多様性なんだと思う。

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さらに浅井氏は、多様性と対極にある「均質化」が社会の分断につながるという。

浅井:なんでも1つのグループにまとめようとする均質化が、分断を呼ぶんだよね。たとえば昭和の時代には、政府が家族のあり方を均質化しようとしていたんだよ。「父親と母親がいて、母親は専業主婦。子どもが2人いる」というのが、家族の在り方として提唱されていた。でも世の中を見渡せば。働いている母親はたくさんいるし、子どもを作らない夫婦もいる。LGBTのカップルが養子をもらって家族を形成している場合もあるよね。世間は「普通」を強いてくるけれど、「普通」なんて存在しないから。「多様性はかっこいい。流行を追うことはダサい」といった考えも、ひとつの均質化。多様性を認めるということは、一人ひとり違うことを認めることだから。

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アップリンク渋谷1階の廊下。多様な作品のチラシが所狭しと並べられている。

一人ひとり違う価値観を持ち、違う生き方をしていること。世の中には均質化された「普通」が存在しないことをメッセージとして、アップリンクは様々なインディペンデント・スピリットを持った映画を上映してきた。アップリンクは昨年7月、CNNで「日本一小さな映画館」として紹介されている。3スクリーンとも100席以下のミニシアターである理由は、多様性を標榜するためなのだと、浅井氏は言う。

浅井:多様性を突き詰めると、個人になる。では、一人用の映画鑑賞ブースを作ればいいかといえばそうじゃない。映画館まで足を運び、知らない人と同じ空間で同じタイミングで笑ったり泣いたりする、”緩やかな共感”が生まれるほうが、映画を楽しめるから。一般的にミニシアターは、200席以下の映画館を指すんだけど、今の時代には100席以下の映画館が必要だと思ってる。なぜかというと、ストリーミングサービスが普及して、映画を観れる場所が増えたから。映画館に来る人自体が減っている中で、多様な作品を上映するためには、100席以下のスクリーンをいくつも作ることが最適な方法だと思うんだよね。

映画を観ない人でも気軽に立ち寄れる、「小さな街」に。多様性の発信地「アップリンク吉祥寺」

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2018年12月、吉祥寺にオープンする「アップリンク吉祥寺」は、まさに感情が揺さぶられる映画体験が楽しめる場所になる予定だ。

クラウドファンディングプラットフォーム「PLAN GO」では、アップリンク吉祥寺を支援するプロジェクトが10月31日まで実施している。

迫力あるサウンドを提供するため、多くの”音好き”を魅了する田口音響研究所による特注の平面スピーカーを開発。”世界中でここでしか聴けない”映画館専用のサウンドシステムを導入する。また、ヨーロッパトップクラスのメーカー「キネット社」のシートを採用し、快適な映画鑑賞体験が実現するそうだ。

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アップリンク吉祥寺で使用する、キネット社の椅子

5スクリーン計300席のミニシアター・コンプレックスとなるアップリンク吉祥寺では、1日最大20本の多様な作品を上映予定だ。吉祥寺にはファミリー層が多いことから、子ども向けの映画も上映するという。

5年の年月をかけて、アップリンク吉祥寺の準備を続けてきた浅井氏は、「1番の特徴は回廊型の施設であること」だと明かす。

浅井:映画を観ない人も気軽に入れるようにしていて、チラシ置き場も作る。ふらっと立ち寄った人が、チラシを見ながら次に観る作品を吟味できる空間を作りたい。他にも、タロット占いができる場所やストリートライブができる場所も欲しい。似顔絵描きや行商がいてもいい。ミルキーウェイのような「小さな街」を創り出したいんだ。

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アップリンク吉祥寺の模型

取材中印象深かったのは、好奇心に満ち溢れた浅井氏の姿だ。気になることがあればすぐスタッフに「ネットで調べてみて」と指示を飛ばし、わずかな不明点でも放置しない。そんな浅井氏の飽くなき探究心が、世界の多様な在り方を発信するアップリンクを作り上げてきたのだと実感した。

浅井氏の探究心は止まらない。取材の最後、「予算や利益など関係なく、新たに映画館を作るならどんな場所にしたいか?」と尋ねてみると、映画館の新たな可能性を感じさせる、素敵な答えが返ってきた。

浅井:大きなトレーラーにスクリーンを設けて、移動できる映画館が作りたいね。カンヌ映画祭でそういう映画館があったから。学校の校庭に、夜テントを張って映画を上映するのも面白いかもしれない。あらゆる場所で映画を上映すれば、人びとの新たな発見や行動のきっかけが増えていくと思うんだよね。

人生は一度きりだ。限られた時間の中で、知れることも、出会う人も限られている。しかし新しい文化、価値観に触れることによって、世界は広がっていく。だからこそ、日常を離れて旅に出ると、新しい発見の連続によって自己がアップデートされるのだ。

しかし現代人は忙しい。限られた時間の中でさまざまな場所に出かけることは、容易なことではない。だからこそ、”架空の旅”が出来るアップリンクのような場所が必要なのではないだろうか。

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。

Twitter:@azuuuta0630

編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。

Twitter:@masakik512

(2018-10-30 18:00:00)

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「インターネット全盛期でも、音楽から地域性はなくならない」東京発の音楽レーベルTREKKIE TRAX、次なる勝負をかける
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渋谷から世界へ。USツアーや海外リリースを重ねるダンスミュージックレーベルTREKKIE TRAXが、6周年を迎えた。

筆者がTREKKIE TRAXのメンバーと出会ったのは、その結成前まで遡る。Twitterで知り合い、一緒にイベントを開き、いつ間にかTREKKIE TRAXはひとつのクルーになっていった。インターネットから、また新しい音楽が始まるんじゃないか。当時はそんな期待感すらあった。

今でこそデジタルテクノロジー、とりわけインターネットやソーシャルメディアの問題が噴出し、向き合わなければいけない課題が多く存在する。でも、6年前のインターネットやソーシャルメディアは、私たちに新たな可能性をもたらす、希望のツールだったように思える。

ここ数年でのTREKKIE TRAXの躍進は、目覚ましいものがあった。メンバーのひとりCarpainter(a.k.a. Taimei)が楽曲を手がけ、三浦大知が歌う仮面ライダーの主題歌『EXCITE』はオリコン1位を獲得し、レコード大賞で優秀作品賞を受賞。紅白歌合戦への出場と、階段を駆け上がっていた。なんと仮面ライダー史上初であり、三浦大知史上初のオリコン首位だったという。

2016年11月にはUSツアーを敢行。サンフランシスコ、シアトル、ロサンゼルスと3都市をまわり、5公演を開催。

小さなパーティとインターネットで出会った仲間たちは、たった6年で世界を舞台に戦うようになった。その軌跡は前回も伝えたけれど、今回はここ1年の変化と、見据える未来の話を聞いていこうと思う。

関連記事:渋谷で生まれたネットレーベルが全国・海外に進出、SXSW出演に至るまで–「TREKKIE TRAX」流のブランディング論

関連記事:音楽は国境を越えるか?渋谷発のネットレーベル・TREKKIE TRAXが目指す、”世界基準”の楽曲リリース

USツアー、Seimei帰国後にTREKKIE TRAXはどう変わったか

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「USツアーが成功した理由は、Seimeiがサンフランシスコ在住だったこと」と、futatsukiは2年前を振り返る。Seimeiがアメリカに移住して2年が経ち、ローカルコミュニティや有名DJ、各地のプロモータとのつながりができ、US進出の下地はできあがっていた。

TREKKIE TRAX所属メンバーのひとりであるMasayoshi IimoriがUSを中心に評価されていたことも大きい。Skrillexと、主宰レーベルOWSLA所属のMijaによるB2Bで楽曲がかかるなど、注目度は日に日に増していった。

「昨年はSoundCloudのフォロワーが毎日のように増えていって、USツアーの最中には3000人近く増えたんです」と、futatsukiは当時を懐かしむように語る。

USツアーの口火を切るロサンゼルス公演では、Skrillexが主宰するOWSLAのレーベルショーケースともなっている “Brownies & Lemonade”に出演。TNGHTでの活動も記憶に新しい、Lucky Me所属のLuniceとの共演を果たした。

USツアーの最後に訪れたサンフランシスコでは、Porter Robinson & Madeonの前座を務めた。地元のDJをフックアップする機運があるなかで、「Porter Robinson自身も日本の音楽が好きで、ツアーの前座にTREKKIE TRAXとQrionを選んでくれたんです」とSeimeiは語る。

そのUSツアーから1年が経ち、Seimeiは日本に帰国。「Seimeiが現地にいたからこそ、いま何が流行っているか、TREKKIE TRAXの曲がどのように現場でかかっているか。リアルタイムかつ、ものすごい情報量で伝わってきたんです」。

日本を音楽をUSに届け、現地の熱狂を日本に伝える。Seimeiはまさに橋渡し役であり、海外進出のハブであった。Seimeiはアメリカで過ごした3年と今を次のように比較する。

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「アメリカのDJやトラックメイカーにメールを書き、現場でCDを渡して、地道にプロモーションしていたと思う。今はそれができなくて、距離を感じることもあります。インターネットがあるから世界中の人たちに音楽を届けられるようになったのは間違いないけれど、でも、そんな簡単な話じゃない。音楽を聴く選択肢が広がりすぎて、現地にいないと届きにくい感覚があるんです。現地のリスナーのワンオブゼムにすらなれていないというか」

インターネット全盛期でも、音楽から地域性がなくなることはない

3年間で築いた、さまざまなDJやプロモータ、リスナーとのネットワークはムダにならない。現在、TREKKIE TRAXはDJやトラックメイカーが来日するときの”ディスティネーション”として機能しているという。

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「USの大学を卒業すれば、数年はそのまま滞在できるビザを貰えるんです。でも、それを捨てて帰ってきた。いま東京に戻れば、USで知り合ったDJやトラックメイカーを日本に呼び、共演しやすくなるから。日本のレーベルとしてのぼくらの役割だと思ったんですよね」

TREKKIE TRAXは、東京の渋谷発のレーベルであることを大切にしている。それは、なぜ音楽が好きなのか?というSeimeiの答えからも見て取れる。

「ぼくが音楽を好きなのは、地域性があるからなんです。昔テクノフェスのWIREに遊びに行くと、ベルリンやアルゼンチンといった色々な国からDJが来日していて、かける曲がその国らしいんですよね。ぼくらは東京の地域性を大事にしたい」

たしかにEd Bungerはパリで、SOULECTIONはロサンゼルスで、Lucky Meはグラスゴーで生まれ、そのユニークネスは地域性によって育まれてきた。

「ぼくらはインターネットから始まったレーベルだけれど、インターネットはコミュニケーションのツールでしかない」。Seimeiはサンフランシスコで3年間過ごし、その地域性に触れる中で、改めてTREKKIE TRAXは東京のレーベルだと自覚できるようになったという。

次は自分たちがフックアップする側に

2018年に入り、3月に5周年イベントを開催し、今月には6周年イベントを控えている。5周年イベントでは、FoxskyやMaxoを日本に呼び、札幌、大阪、東京の3都市で公演を行った。「やりきってしまった感覚になった」とfutatsukiは語る。

「お客さんがパンパンになるくらい入り、そこでTREKKIE TRAXの世界編が終わった感覚があったんです。じゃあ、次は何をやろうか、と。予想はしていたけれど、その先が見えていない時期があって」

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「新しい目標を探さなければいけない」とSeimeiは話す。TREKKIE TRAXの次なる目標は、新しい若手アーティストを発掘し、届けていくことだという。「初期衝動は、ずっと持ち続けてきたテーマなんです。6年前のTREKKIE TRAXを結成したばかりの頃のように、初期衝動に溢れる人を見つけたいし、彼らをフックアップしていきたい」

その”発掘”は成功の兆しを見せている。TREKKIE TRAXからリリースしているFellsiusの楽曲は、Afrojackなどにサポートされるだけでなく、日本の大型ベニューからも出演オファーが殺到したという。そんな希望になる動きも、始まっている。

ストリーミング時代がやってきて、闘いが始まる

フリーダウンロードからSoundCloud、そして今はSpotifyへ。この6年間で、音楽の聴き方は大きく変化してきた。ネットレーベルは、その「聴き方」の最前線に常にいる。彼らは、Spotifyの現状をどのように捉えているのか。futatsukiはレーベルの戦略を教えてくれた。

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「TREKKIE TRAXの場合は、Spotifyが日本に上陸してからズンとSoundCloudの再生回数が落ち始めたんです。実は、Spotifyが上陸する前から僕らは準備していて。Spotify Japanにはローカルのアーティストを大事にする哲学がある。今でもSpotifyでのプレイリストの作成や楽曲のリリースを積極的に行っています」

Spotifyに移行したことで、大きな変化があった。楽曲が再生された分だけ、収益が発生するようになったことだ。

「音楽は無料だと言われてきたけれど、『やっぱり価値あるじゃん!』と気づいたんですよね。無償でリリースされた楽曲に対して収益が発生するのは、無料で楽曲を配信してきたインターネットレーベルになかったシステムであり、価値観であり……新鮮ですよね」

そんなTREKKIE TRAXに聞きたいことがひとつあった。「再生数に応じた収益は、果たしてそのクリエイティブに対して適正価格なのか?」ということ。futatsukiはUSと日本の市場を比較しながら、答えてくれた。

「USでは釣り合っているのかもしれないけれど、日本にいると、どうしても再生数の上限は10万止まりで。結局はプレイリストに入るかどうか。そのためには公式キュレーターに届ける必要があります。アメリカ人に営業したり、好きになってもらったりって、そんなに簡単じゃないんですよ」

Spotify Japanにも公式キュレーターはいるが、USのプレイリストとのフォロワー数は桁数が違う。だが、日本でのプレイリスト文化は始まったばかり。「音楽ストリーミングサービスが広まりきった時に、ぼくたちの勝負が始まる」と、futatsukiは期待をかける。

「音楽だけで食べていく」ことは選びたくなかった

Mad Decentからコンピレーションを出し、USツアーを行い、リリース楽曲はオリコン1位を取った。SkrillexやPorter Robinsonといった一流DJからの支持も厚い。この6年間で、想像もできなかったような世界を切り拓いてきた。しかし、いま直面している「現実」をfutatsukiは教えてくれた。

「この6年間でかなり実績を積んで、目標としてきたことの多くは達成したけれど、それで音楽でいくら稼げているかというと、メンバー全員が食べていける金額じゃない。皆で音楽だけで生きていきたい夢と、それとは違う現実が目の前には拡がっていて。でも、6年間積み重ねてきた結果でもあるわけです。最初は音楽だけで食べていくことを目指していたけれど、得られる対価はとてもリアルなフィードバックとして僕らに戻ってきて」

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「音楽だけで食べていく」ことに軸足を起き、よりお金になる音楽を制作していくアプローチもあった。だが、futatsukiはそれを選ばなかった。

「ぼくらもいい歳になって、世の中の色々なことがわかってきて、音楽だけで食べていくことに舵を切らない理由は、TREKKIE TRAXが壊れてしまうことが目に見えているから。好きな音楽をやっている時でさえギリギリの部分もあって、もし会社化したら……みんなストレス溜まりすぎて辞めちゃうんじゃないかな(笑)」

だからこそ大切にしたいのは、長く続けることだ。

「やっぱり長く続けていくのが、一番難しい。ぼくらの周りでも辞めてくアーティストや解散するユニットがいて。一緒にやってきた人たちがどんどん減ってく中で、長く続けてくことの大事さがわかってきたんです。だから、リスクを取れないんだよね」

今すぐに音楽で食べていけるほどの収益はない。けれども、それを諦めたくないという。

「音楽だけで生活できているわけじゃないけれど、人生は豊かになっているよね、と。どこの国に行っても友達がいて、仕事の出張でも一緒に遊べたり。音楽をやっていなかったら得られなかった出会いや感動をぼくたちにもたらしてくれたんです。あとは、みんなで食べていけるように試行錯誤していきたいですね」

「TREKKIE TRAXは、ぼくらのアイデンティティだから」

「なぜ6年続けられたのか?」

数多のネットレーベルが登場し、活動休止やフェードアウトしていくなかで、どうしても聞きたい質問だった。Seimeiとfutatsukiは6年前を振り返りながら言う。

「DJを始めて色々あった後にTREKKIE TRAXを結成したんじゃなくて、DJを始めた瞬間からTREKKIE TRAXだったから、自分の音楽のアイデンティティになっている。だから捨てられないし、捨てたくない。家族のようなものだから、居心地が悪くてもちょっと距離を置いたりして、また一緒に手を取り合って前に進んだり、そんな繰り返しだったよね」(Seimei)

「そう。6年やれたのは、やっぱり情熱とか、パンク精神があったからだと思う。一泡吹かせてやりたい気持ちが間違いなくあった。だから、USツアーや三浦大知の楽曲とか、次々と仕掛けていけたんだと思う」(futatsuki)

ただ、クラブミュージックはユースカルチャーであることは否めない。長く続けるとは、年をとること。6年が経ち、futatsukiはTREKKIE TRAXの向かう先をどう見据えるのか。

「単純に年を取ると夜遊びができない(笑)。体力も衰えるし、家庭がある人は家庭を守らなければいけない。年寄りはクラブから引退し、代わりに若い人が入ってくるのは、紛れもない事実だと思う。でも、ぼくたちが大事にしたいのは、初期衝動なんです。新しい価値観を作るのは間違いなく若い世代であり、ぼくらもまだ道中ばだけれど、彼らをフックアップする立場にある。そんな中で、ぼくらも6年前のような初期衝動を持ちながらチャレンジしてきたいですよね」

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取材・執筆:岡田弘太郎

1994年生まれの編集者 / DJ。『SENSORS』シニアエディター。大学在学時に『greenz.jp』や『SENSORS』で執筆、複数のウェブメディアで編集を経験し、現在は編集デザインファーム「inquire」に所属。関心領域はビジネス、カルチャー、テクノロジー、デザインなどを横断的に。慶應義塾大学でデザイン思考/サービスデザインを専攻。

Twitter:@ktrokd

撮影:萩野格

広告プランナー/フォトグラファー。

instagram:@itaru_ha_2

(2018-10-24 08:00:00)

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起業家は、刺激的で面白い仕事。"ぐうたら"な社会でフレッシュに生きる、光本勇介の仕事論
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「連続起業家の思考法」をテーマに行われたSENSORSサロン。ゲストは起業家の光本勇介氏だ。

全4回にわたってお届けする第4弾となる最終回では、起業家として生きるゲスト、MC陣の実体験を踏まえ、起業家の行動哲学を探っていく。

前半は、齋藤が提示したキーワード「失敗のデザイン」をテーマに対話が進む。「失敗は悪いことじゃない」と話す光本氏のバックグラウンドにある、青年期の体験も語られた。

後半は、起業を目指す視聴者に向けて、ゲスト、MCからアドバイスが送られた。「社会性を養うために、一度就職するのも良い」「起業家はプロの仕事でバリューを出すべき」など、それぞれの経験を踏まえたアドバイスで、本サロンを締めていただいた。

“属性”と”個性”を履き違えてはいけない。成功は、失敗体験によってつくられる

黒田有彩(以下、黒田):
続いて、齋藤さんからいただいたキーワード「失敗談」に移りたいと思います。
齋藤精一(以下、齋藤):
はい。「失敗をどうデザインしているのか」をお伺いしたいです。失敗を次に活かすために、どのような思考をされているのでしょうか?
光本勇介(以下、光本):
先ほどの繰り返しにはなりますが、僕たちがやっているのはすべて実験です。だから、失敗は当然のように起こるものとして捉えています。失敗の繰り返しが成功につながりますから。だからメンバーにも「失敗は悪いことじゃない、バンバン失敗しろ」と常に言っていますね。失敗した場合に起こりうる最悪のケースも想定した上で、常に動いています。リスクヘッジをしているので、痛い目を見たこともないですね。
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(左より)光本勇介氏、齋藤精一、落合陽一、黒田有彩

齋藤:
しかし、その考え方が外から理解してもらえないこともあると思います。自分たちは実験のつもりでも、業績が下がれば銀行からお金を借りることができなかったり。
光本:
立場によって、考えるべきことが違うと思っています。たとえば僕が上場企業の社長だとしたら、社員だけではなく、株主や世の中に対しての責任を持たなくてはいけません。しかし僕はこれまで自己資本で起業したり、会社を売却してケアすべき人の数を絞ってきたので、外の目を気にせずに実験を続けていられるのだと思います。
黒田:
光本さんの失敗を恐れない姿勢は、どこで培われたのでしょうか?生物学的には、失敗を恐れるのが自然な気もしていて…。
光本:
十代の頃、イギリスとデンマークに住んでいた経験があるので、その影響が大きいかもしれません。向こうの学校では、みんなと違うことが良しとされていたので、どんどん新しいことにチャレンジして、個性を出していくことが重要視されていたんですよね。チャレンジには失敗はつきものです。チャレンジと失敗を繰り返したことで、失敗に対する耐性がついたのかもしれません。
落合陽一(以下、落合):
日本では、スポーツができることや勉強ができることなど、その人の持つスキルを個性だと捉えがちなのですが、違うんですよね。それはただの属性です。個性というのは、その人の性質や性格といった内面的な要素を表すものですから。日本の教育システムは、スキルを伸ばすことが目的となっていて、個性を伸ばすことができていないと思います。

起業家の名を冠する者は、プロであれ。SENSORSが次世代起業家に送るメッセージ

黒田:
続いては、「起業のメソッド」をみなさまに伺いたいと思います。まず、起業に対するメリットとデメリットについて、教えていただけますか?
光本:
僕はデメリットを感じたことはないですね。これだけ刺激的で面白くて、毎日新鮮な気持ちでいられる職業ってないと思います。後悔をしたこともないですね。
齋藤:
大学を卒業してすぐ、起業したのですか?
光本:
最初は就職して、その会社を辞めたあとに起業しました。僕は高校生の頃からネットで物を売っていて、大学生の頃には新卒の手取り分くらいのお金は稼げていました。だからそのまま就職せず、起業家として生きていこうと思っていたのですが、社会の仕組みも知っておきたくて。変な話、名刺交換の方法も敬語の使い方も知らなかったので。それに、学生ビジネスで稼げる額には、限界があると思ったんです。
齋藤:
一度大きな組織に入って、社会経験を積むことは大事ですよね。僕は就職した経験はないものの、自分で会社をつくったあとに海外の会社に出向していたんです。そのときの経験があったから、社会に通用する素養を身につけることができたと思います。だから弊社のメンバーにも「1回大きな会社に就職した方がいいよ」と言うことが多いです。僕の会社は、礼儀やメールの出し方などを教えられる環境は整っていないので…。落合君はどうですか?
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落合:
僕も、光本さんと同じような感じですね。大学2年の時から働いていて、一般のサラリーマンくらいの年収があったんですよ。

でも当時、サイバーエージェントの方と一緒に働いたことがあり、そのときに言われた言葉を今でも覚えています。当時の僕は忙しすぎて、酷い出来のデザインをあげてしまったんです。そうしたら先方から「もっとプロっぽい仕事をしてくれると思っていました」とメールがきたんですね。

そこから、自分がプロである自覚を持つようになりました。だからそれ以降、リソース不足などで100%の力を発揮できない仕事は、断るようにしています。自分のスタイルに合わない仕事は、クオリティの低いものしかあげられないですし。プロと自覚して仕事を選ぶことも、起業家として持っておくべき思考かと思いますね。

光本:
プロの仕事、つまり社会に通用する仕事とは何か、を知ることは大事ですよね。
落合:
価値のない仕事はするなってことだと思います。自分にしかできないことが、プロの仕事。それがなくてもお金がもらえるのがサラリーマンかもしれないですが。起業家は、常にプロの仕事をして社会にバリューを発揮しないといけない職業だと思いますね。
光本:
たしかに。落合さんのお話を聞いていて、すごく重要なことだと思いました。
齋藤:
黒田さんも起業していますよね?
黒田:
私は宇宙が大好きなので、宇宙に関する事業がやりたくて会社を設立しました。

これから宇宙に誰でも行けるような時代がくると思っているので、宇宙のことを発信していきたいなと。法人格にした方が仕事の幅も広がるので、まずは会社をつくってみました。私1人しかいない会社ですが、社会的な信用も得られましたね。

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齋藤:
僕は30歳になるまではフリーランスで働いていて、肩書きは個人事業主だったんです。でも法人格でないとできない仕事が発生してきたので、仕方なく会社を設立したんですよね。起業は社会的な信用を獲得するための手段にもなり得ます。
光本:
「まずはつくってみる」ってまさに実験的ですね。そのくらい、カジュアルにやってもいいんじゃないかなと思います。やって学べることの方が多いので。
齋藤:
会社を潰したことはありますか?
光本:
事業を畳むことはあっても、会社自体がなくなったことはないですね。
齋藤:
いまはいくつの会社を持っているのですか?
光本:
今いるBANKの他に、STORES.jpという会社があって、そちらでは会長職をしています。
齋藤:
これから新しい事業をはじめる場合、さらに会社を増やすことも想定されていますか?それとも、ひとつの傘の中で事業を増やしていくのでしょうか?
光本:
むりやり会社を増やすことはないと思います。特別な理由がない限りは、同じ傘の中で事業を増やしていく予定です。
落合:
ひとつの傘の中で、ポートフォリオをたくさんつくっていくことが大事ですよね。その分、外部とのパイプラインが生まれて、新しい事業にもつながりますから。弊社も小さい会社ですが、40個くらいのパイプラインを持っています。ひとつの場所で、事業をたくさんつくり続けることが、会社の成長にもつながると思います。
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齋藤:
ポートフォリオをたくさん持っていても、複数のドメイン配下に分散していると評価されにくいかもしれないですね。ドメインといえば、光本さんに質問したいことが。「CASH」のドメインを400万で購入した話をある記事で読んだのですが、なぜそこまでネーミングにこだわっているのですか?
光本:
基本的に、提供したい価値をそのままサービス名に反映しています。お金をテーマにした事業を行う会社だから、社名もBANKにしましたし。ご指摘いただいた「CASH」のドメイン費用は高いと思われるかもしれませんが、サービス名のわかりやすさでたくさんの人に使っていただければ、結果的に安い買い物になると思ったので、即決でした。
落合:
5,000万円だったら躊躇するけど、400万は安いですよね。
齋藤:
「STORES.jp」のドメインも、うまいなって思ったんですよね。当時はjpドメインができたばかりだったので。
光本:
あれは、中国人の方から20万円で購入したんです。その頃はお金がなくて、20万円でも高額に感じていましたが。でもそれ以降、「STORES.jp」という名前で得をすることが圧倒的に多くて、いい買い物だったと思います。僕たちは新しいサービスをつくることが多いから、わかりにくいサービス名だといちいち説明しなくてはいけないんです。でも、サービス名をわかりやすくすれば、その説明コストが下がることにある日気づいて。だから、なるべくサービス内容がイメージできる、わかりやすい名前を選ぶようにしていますね。

「あなたも明るい未来を期待するでしょう?悪くなる方を望む人なんて誰もいない」

「世界最高の起業家」であり、デジタル決済から電気自動車、さらに宇宙事業まで次々に事業を起こしてきた連続起業家イーロン・マスクの言葉である。

失敗を恐れずにイノベーションを起こし続け、明るい未来を創造し続けること。その繰り返しで、人びとの暮らしは豊かになり、新しい世の中が生まれていく。社会を変えるために持つべきものは、特殊能力ではない。必要なのは、失敗を恐れないで突き進む強い心と、挑戦を楽しむ無邪気さだ。これは連続起業家、起業家を志す者だけでなく、次世代で輝ける人材すべての人に必要な要素だろう。

今回ご登場いただいた光本氏とのディスカッションからは、これからの社会で必要とされる、次世代型人材になるためのヒントが垣間見えたのではないだろうか。

↓↓↓OA動画は下記よりご覧いただけます。↓↓↓

(SENSORS|落合陽一のスケジュールはだだ漏れ状態!?ゲスト:光本勇介( 連続起業家の思考法 4/4))

執筆:いげたあずさ

株式会社モメンタム・ホース所属のライター/編集者。ビジネス・テクノロジー領域をはじめ複数媒体で取材・執筆。 アパレル販売・WEBマーケターを経て現職。 映画と音楽が好き。未来の被服の在り方、民族学、伝統文化などに興味があります。

Twitter:@azuuuta0630

編集:小池真幸

ビジネス・テクノロジー領域を中心に取材・執筆・編集を重ねる。東京大学で思想・哲学を学んだのち、AIスタートアップのマーケター・事業開発を経て、現職。1993年、神奈川県生まれ。「人文知とビジネス・テクノロジーの架橋」に関心があります。

Twitter:@masakik512

(2018-10-3 18:00:00)